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黒人死亡事件でより鮮明に、アメリカ社会分断の背景には何があるのか?渡辺靖教授に聞く

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黒人男性のジョージ・フロイドさんが警察官に首を押さえつけられ死亡した事件を受け、全米各地で抗議デモが起き、「Black Lives Matter」と訴える声が広がっている。一方で、トランプ大統領は強硬な姿勢を崩さない。深まる対立の背景を識者が分析した。
アメリカ・ミネソタ州で黒人男性のジョージ・フロイドさんが警察官に首を押さえつけられ死亡した事件を受け、全米各地で抗議デモが起き、「Black Lives Matter」と訴える声が広がっている。
一方で、トランプ大統領は抗議デモに対する強硬な姿勢を崩さず、警察官による制圧行動も苛烈になり、ますます対立が深まっているようだ。
事件と抗議デモでより鮮明になった、アメリカ社会の分断の背景にはどんな問題があるのか。そして黒人差別の解消に何が必要なのか。
アメリカ社会の研究者で、各地での草の根的なインタビューに基づいた『白人ナショナリズム-アメリカを揺るがす「文化的反動」 (中公新書)』を出版したばかりの慶応大学の渡辺靖教授(文化人類学、アメリカ研究)に聞いた。
アメリカで警察官が黒人に差別的対応をするケースは、これまで何度も繰り返されて来ました。地方紙レベルで報じられる内容も含めると毎週のように起きています。それは見えない人種差別の構造によって起こるものでしょう。
アメリカにおけるマイノリティ、特に黒人に関する差別問題は、アメリカ社会の宿痾のようなもの。
黒人はかつては奴隷にされ、奴隷解放されても白人とはかけ離れた扱いを受けてきました。公民権運動で、政治の制度的には平等の権利を獲得しましたが、まだまだ見えない差別、構造的な差別が残っています。
しかし、抗議デモが大きくなった今回に関して特徴的なのは、デモをどの立場から見るかによって全く状況が異なっているという点です。
白人も含めて多くの一般の人たちや、いわゆる「左派」の人たちは刑事司法における黒人らへの人種差別は問題だと考えています。それゆえに、何ら批判的なメッセージを出さないトランプ大統領に対して憤りを感じ、抗議デモにも参加しています。日本の多くの皆さんもそうでしょう。
一方で、トランプ大統領も含めて「右派」の人たちは、それよりも抗議デモに伴って発生している略奪や暴動を問題視しており、強硬な姿勢を支持しています。そして、「リベラル勢力の過激さ」をアピールする材料として、自分たちの主張を補強するのに使っています。それぞれが着目する点が違い、全く議論が噛み合っていないのです。
今回の抗議デモが黒人差別やマイノリティ差別の問題としてだけ語られるということに関しては納得がいっていないようです。マイノリティの人権を擁護するあまりに、自分たちの居場所や誇りや尊厳がまた否定される、肩身の狭い世界で行きていかなければいけない、そういう構図だけには落とし込みたくない、と考えています。
リベラル勢力がさらに支持を広げることにも警戒しています。
もちろん「白人ナショナリスト」はアメリカ全体のごく一部の集団でしかありません。しかし、共和党やその支持者の中にもリベラル勢力への不信や警戒心は広く共有されているのです。
「白人ナショナリスト」が警察官と直接結びついて何か影響を与えているわけではないと思います。しかし、アメリカの刑事司法を担っているのは白人が多く、「マイノリティは危険である。マイノリティが問題を起こすのを取り締まっていく」とマインドセットされているという指摘は以前からなされています。
その結果、囚人の数は圧倒的にマイノリティが多く、黒人は白人の7倍です。人口比では明らかに不自然です。
今回の抗議デモでは、デモに対処しているニューヨーク市警の警察官が「ホワイトパワー」と呼ばれるハンドサイン(白人至上主義への支持を意味するジェスチャーとされる)をしたことが目撃され、SNS上で批判が集まったという事例もありました。直接的な関係はないかもしれないですが、刑事司法の歪みを印象付けるものです。
オバマ政権よりも前の時代に戻ってしまった。従来型の厳しい取り締まり方法をしてもいいんだという雰囲気が広がっているように思えます。
今回の事件では、警察官がボディカメラの電源を入れていなかったことがわかっています。意図的か、つけ忘れかはわかりませんが、もし意図的だとすれば、規律が緩んでいる証です。
警察官の武装化が進んでいる点もしばしば指摘されています。これは犯罪者側の武器が高性能化している問題と密接な関係があります。オバマ政権では、さほど具体化しなかったものの、銃規制へ向けた機運は高まっていました。しかしトランプ政権ではそうした機運はなくなっています。日常生活の末端レベルまで銃が出回り、犯罪集団もより高度化しています。それに対抗する警察も軍隊化するというエスカレーションが起きています。
たしかに、今回のような事件をなくすためには、刑事司法改革が必要でしょう。つまり、もっとマイノリティの警察官を増やしていくということや、ボディカメラの着用義務付け、警察官への教育などは必要です。
しかし、アメリカにおける人種差別の長い歴史を見ると、そうしたことは小さな対応にしか過ぎないかもしれません。
今回、多くのスポーツ選手や歌手が、率先して、こうした差別的対応は許されないことなんだ、と、色々なところで声を上げていますね。そうしたカルチャーを作っていくしかないと思います。
今回は企業の発信も多くありました。特に人口が増えている重要な顧客である若い層、ミレニアルやZ世代は非常にこの問題に敏感ですから、自社が寛容であるとアピールしないと「何も言わないのは共犯者と同じだ」と指摘され、顧客が離れるリスクがあります。優秀な従業員を獲得したいという狙いもあるでしょう。道義的な理由だけではなく、ビジネス上の実利的な計算もあるかもしれません。
そのことを冷笑的に捉える必要はないと思います。 LGBTQへの理解の深まりでもそうでしたが、ビジネスはアメリカの社会問題が解決されるときの一つの大きなパターンです。市場という大きな力による社会変革は、侮りがたいものがあります。
ただ、その一方で、「何も言わないのは共犯者」という空気に息苦しさを感じる層は、確かに存在しています。「行き過ぎたポリティカル・コレクトネス」だ、窮屈だ、言論統制だ、という感情が芽生えると、ある日爆発して、トランプ大統領のような「救世主」を誕生させてしまう。アメリカ社会は常にその繰り返しを続けているとも言えます。
制度的には、黒人が明示的に差別されている状況が現在あるわけではありません。ですから、一部の白人からすると「もう十分、制度的には平等だし、黒人の大統領だって誕生したんだから、人種差別云々言う方がおかしい」という言い分になってしまうのです。
とはいえ、まだ生活レベルでの、広い意味での差別が残っているのは明らかです。第二の公民権運動が必要だと思います。
かつての公民権運動のような差別撤廃のアクションに加えて、白人の中の不満にも耳を傾けながら行う新しい運動です。
お互いが自分の言い分だけを主張したり、けなしあいをするだけでは、問題は解決しません。そのためにはやはり、少なくとも歩み寄りのためのイニシアチブが必要です。トライバリズム(政治的部族化)から脱するためには「対決モード」から、どこかで「対話モード」に切り替えなければいけません。
本来は、今回のような事件を契機に、まず大統領が融和のメッセージを打ち出し、その次に、警察官を含めた、様々なステイクホルダーが感じている課題に耳を傾け、調整するような場を設けることが必要です。ただ、残念ながら、今の政治はそういう状況ではないですね。
トランプ大統領には、国民の融和よりも、むしろ対立や分裂を自分の政治的エネルギーに変えて当選したという2016年の大統領選挙での成功体験があります。今回の件でも「法と秩序」のアピール(法を犯し秩序を乱す者を取り締まるという宣言)を盛んにしていますね。「自分はぶれてないぞ」ということを示す好機と捉えているようです。
2016年の大統領選挙で使われたフレーズ「忘れられた人々」は、基本的には白人労働者層を念頭に置いたものでした。人種問題を利用し、その層にもう一回メッセージを送ることで、前回投票に行かなかった白人有権者の票を掘り起こそうと狙っているのでしょう。
さらに、実は、今年3月の時点で、ロシアがトランプを再選させようと黒人による暴動を煽って「怒れる白人」の票を増やす情報工作を仕掛けてくるのではないかと、アメリカのインテリジェンス機関が警戒しているとのメディア報道がありました。現時点では今回の抗議デモに関与していたかどうかは不明ですが。
ロシアにとってトランプ大統領は与し易い人です。少なくとも「バイデン大統領」(野党・民主党の指名が確実な候補者)よりは。
拙著『白人ナショナリズム』でも書きましたが、アメリカの白人ナショナリストの間では、プーチン大統領の印象は悪くありません。移民やLGBTQに厳しく、キリスト教中心のロシアという国は、彼らが考える「西洋文明の砦」であるとのイメージすらあります。それは、アメリカの共和党や保守派が「反ロシア」であることを考えると興味深いことです。トランプ大統領にも、どこかロシアやプーチン大統領には寛大な面があります。
いずれにせよ、今回の抗議デモに付随して起きた暴動には複雑な要素があります。同じ場所でも、昼は平和的なデモ、夜は暴動になると、まるで違う様相になっていることもあります。
黒人側にもギャングやアナーキストも混じっていますし、白人側にもアンティファを装って左派への悪い印象を与えようとしている一派がいます。もちろん、新型コロナウィルスによってもたらされた経済危機や社会不安などもあります。
自らを苦境に追いやった既存のインチキな社会システムを破壊し、その混乱を好機だと捉える様々な人の思惑が絡み合っています。これも、アメリカの民主主義の現実です。
渡辺靖 (わたなべ・やすし)
慶應義塾大学SFC教授。1967年、札幌市生まれ。97年ハーバード大学大学院博士課程修了(Ph.

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