Start Japan Japan — in Japanese 対話攻勢かける北朝鮮 侮れない交渉戦術=論説委員・澤田克己

対話攻勢かける北朝鮮 侮れない交渉戦術=論説委員・澤田克己

328
0
TEILEN

目的は「体制の 維持」 北朝鮮の 金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が米韓両国に対話攻勢をかけている。 韓国の 文在寅(ムンジェイン)大統領とは4月末に板門店で会談することで合意し、 米国の トランプ大統領との 会談も5月に行われる見込みだ。 北朝鮮の 動きは驚きを持って受け止められたが、 実際には事前の 準備を
北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が米韓両国に対話攻勢をかけている。韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領とは4月末に板門店で会談することで合意し、米国のトランプ大統領との会談も5月に行われる見込みだ。北朝鮮の動きは驚きを持って受け止められたが、実際には事前の準備を重ねた計画的なものである可能性が高い。北朝鮮のしたたかな交渉戦術には決して侮れないものがある。
金委員長は今年元日の「新年の辞」で、韓国で開かれる平昌冬季五輪に参加する意向を表明した。米本土を狙う「核のボタン」に言及するなど好戦的姿勢に変化はなかったが、韓国は五輪参加を歓迎し、南北関係は急進展した。
北朝鮮には、かねて南北関係改善に意欲を見せてきた文大統領なら応じてくるはずだという計算があったのだろう。韓国には、五輪成功のためにも平和な環境を作りたいという事情があった。
金委員長はその後、韓国を仲介役にして米朝首脳会談に道筋をつけた。米国には非核化を前提とする対話を受け入れる姿勢を伝えたとされる。核保有国として認めろという主張からの大転換だ。
安倍晋三首相は「日米韓による圧力最大化の成果だ」と語る。
経済制裁がかつてない水準にまで強められたことを受けた発言だが、北朝鮮が苦し紛れで対話に出てきたと即断するのは難しい。むしろ入念な準備をした形跡が見られるからだ。
金委員長は2013年、核開発と経済建設という二つの目標を同時に追及する「並進路線」を打ち出した。そして昨年11月に大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」を発射した際、「核戦力完成」という政府声明を出した。
慶応大の礒崎敦仁准教授(北朝鮮政治)は「昨年9月下旬を境に金委員長の現地視察先が軍部隊から経済施設にと変わった。核開発に区切りを付け、並進路線のもう一つの柱である経済に重心を移すということだろう」と語る。
そのためには経済制裁の緩和が欠かせない。だから対話攻勢に転じたという見方である。
北朝鮮の計画性を示唆する証言がある。16年夏に韓国へ亡命した北朝鮮の元駐英公使、太永浩(テヨンホ)氏が16年末に韓国国会や記者会見で語ったものだ。
太氏によると、17年末までに核開発を終えるという連絡が北朝鮮外務省から在外公館に来ていた。金委員長が16年5月の朝鮮労働党大会で打ち出した方針で、それまでに追加核実験を行うので対応を準備しておくようにという内容だったという。
太氏はこの時、核保有した有利な立場で米韓と交渉しようとするのだろうと展望していた。
脱北者の証言には誇張されたものが少なくない。そのためか当時はそれほど真剣に受け取られなかった。だが昨年11月の「核戦力完成」宣言と今年に入ってからの対話攻勢を考えると、証言はその後の展開を予言するものだった。
外交交渉への体制整備も進められていたようだ。
昨年4月の最高人民会議(国会)では19年ぶりに外交委員会が復活した。委員長には党の国際部門を統括する李洙〓(リスヨン)党副委員長が就いた。委員には、1990年代から対米交渉を担当してきた金桂冠(キムゲグァン)第1外務次官や対韓国窓口機関である祖国平和統一委員会の李善権(リソングォン)委員長らが入った。
さらに10月の党人事では李容浩(リヨンホ)外相が政治局員に昇格。今年に入ってからは、金次官とともに対米交渉を担当してきた崔善姫(チェソンヒ)北米局長の次官昇格が判明した。
米韓との交渉担当者を重用する一連の人事は、外交交渉の本格化に備えたものと考えられる。
3代世襲でカリスマ性に欠ける金委員長は、核保有で国力を誇示し、相次ぐ粛清で特権階級を引き締める。同時に、経済建設で国民生活向上に腐心する指導者像をアピールしている。
その目的は現体制を長期的に維持することだ。南北、米朝首脳会談を進めるのもそのためである。
特に「核戦力完成」を宣言して臨む米朝首脳会談は失敗を許されない。決裂すれば米国から攻撃される危険性を高めてしまいかねないからだ。米軍に攻撃されれば、金体制は崩壊に至らなくても確実に大きな打撃を受ける。
それだけに金委員長はトランプ大統領を相手に、なりふり構わず現実的な「ディール(取引)」を持ちかける可能性がある。
韓国国立外交院の申範〓(シンボムチョル)教授(北朝鮮政治)は、北朝鮮が「在韓米軍の駐留容認やICBMの廃棄に踏み込んできても不思議ではない」と話す。礒崎准教授も「小出しの譲歩ではトランプ大統領を怒らせるだけだと考え、一気に妥結させようと大胆な提案をしてくるかもしれない」という見通しを示した。
北朝鮮は、交渉相手の性格や家族構成まで含めて徹底的に調べ上げ、どうやったら優位に立てるか検討するとされる。専門家の意見を慎重に検討するより自らの決断で物事を進めるトランプ大統領のスタイルも、一生懸命に研究しているはずだ。
トランプ大統領が安易な取引に応じたら日本や韓国への脅威が置き去りにされてしまいかねない。来月訪米する首相は、日米韓連携の重要性について改めてトランプ大統領にくぎを刺しておくべきだろう。
<2013年>
3月 「並進路線」を打ち出す
<2016年>
1月 4回目の核実験
5月 36年ぶりの朝鮮労働党大会
9月 5回目の核実験
<2017年>
4月 外交委員会が復活
7月 初のICBM「火星14」発射
9月 6回目の核実験
金正恩氏の主な現地視察先が軍部隊から経済施設に
10月 李容浩外相が政治局員に昇格
11月 ICBM「火星15」発射。政府声明で「核戦力完成」を表明
<2018年>
1月 平昌冬季五輪への参加表明
3月 南北首脳会談に合意
トランプ米大統領が米朝首脳会談に同意

Continue reading...