前後編に分けて、 デジタル時代に新しい価値創造を推進するための 考え方を「デザイン思考」 や「サービスデザイン」 の 観点から考察したい。 前編では、 企業を取り巻く競争環境について解説する。
デジタル化の進展により、あらゆるモノや人、サービスがつながり始めた。次々に新たなサービスが生まれている。そのサービスによって、ビジネス基盤を侵食される企業もあるだろう。安定した事業を展開してきた伝統的企業の危機感も高まりつつある。
本稿では、前後編に分けて、デジタル時代に新しい価値創造を推進するための考え方を「デザイン思考」や「サービスデザイン」の観点から考察したい。前編では、企業を取り巻く競争環境について解説する。
昨今、ビジネスシーンで「デジタルディスラプション(デジタル時代の創造的破壊)」という言葉を聞く機会が増えた。デジタル化がもたらす創造的破壊は、ネットビジネスの分野にとどまるものではなく、あらゆる産業分野に大きな影響を与えている。
「Uber」はその典型だろう。クルマのドライバーと移動ニーズをつなぐマッチングサービスは、タクシー業界に大きなインパクトを与えている。従来通りのビジネスの枠組みにとらわれていると、視界の外から出現するスタートアップなどの創造的破壊者(ディスラプター)に足をすくわれかねない。伝統的な大企業の間にもそんな危機感が高まりつつある。
かつて、新しい事業を始めるためには大きな資本が必要だった。工場や店舗などのアセットを用意し、相当数の人材を採用し教育しなければならない。事業がキャッシュを生み出すまでには、相当の資金と時間がかかるのが常識だった。
しかし、時代は大きく変わった。スマートフォン(スマホ)向けのアプリであれば、Uberがそうだったように、クラウドサービスを使って数人でも開発することが可能だ。新しいサービスが人気を得れば、適切なタイミングで拡張させることができる。失敗したときには、クラウドのインフラを返却するだけなので撤退リスクは極小化できる。今や、こうしたスタートアップが世界中で次々に生まれ、毎日のように新しいサービスをリリースしているのである。
このような時代において、多くの企業が従来型のビジネスサイクルの見直しを求められている。従来型というのは、例えば3カ月を費やして市場を調査し、さらに3カ月かけて事業計画書を練り上げ、経営会議の承認を得てから半年後にビジネスを立ち上げる、などといったやり方だ。スタートアップであれば、規模は小さいにせよ同じことを数週間でやってのけるだろう。こうした環境下において、企業はビジネスモデルやビジネスサイクル、業務のあり方の変革が迫られている。
デジタル時代のビジネスを考える上で、メディアやコンテンツ業界の現状は示唆的だ。新時代のビジネスの縮図が端的な形で表れているからだ。
唐突かもしれないが、アイドルを例に考えてみよう。かつて、若者たちの間で「(松田)聖子派か(中森)明菜派か」という議論が成立していた時代がある。ゴールデンタイムの歌番組は週に1、2回ほどしかなく、出演するアイドルはごく限られている。中学生や高校生たちは、非常に少ない選択肢の中から好きなアイドルを選ばざるを得なかった。
今ではYouTubeもあればブログやSNSもある。 AKBグループだけでも国内外合わせて約500人いるらしい。多くのアイドルの中から、一番好きな個性を選択できる。いわば、アイドルのロングテール化である。
ロングテール化は広告の世界にも起きている。以前は有名タレントを起用し、お金と時間をかけて制作したテレビコマーシャルを半年、1年にわたって繰り返し放送するのが当たり前だった。しかし、ユーザーは一度見た広告に度々遭遇するのを嫌うようになった。昨日とは違うメッセージ、知らない誰かとは違う自分のためのメッセージを求めているからだ。コマーシャルには見向きもしない若者が、近所のコンビニエンスストア(コンビニ)のクーポンには反応する。そんな時代である。
ロングテール化はAmazonのビジネスで指摘された現象だが、現在ではあらゆる分野で見ることができる。金融業界もその一つだ。以前、ユーザーの選択肢は銀行の店舗だけだったが、今では現金の引き出しならコンビニのATMを利用できる。決済だけならスマホでも可能だ。 FinTech分野では、多くのスタートアップが新しい金融サービスを次々に生み出している。
これまで安泰と思われていたビジネス基盤が、ディスラプターによって徐々に、ときには急激に崩れてしまう。あらゆる企業にそんな可能性が忍び寄っている。過去のモジネスモデルにしがみつくだけでは、破局的な日の到来を早めることになりかねない。
デジタル以前の時代であれば、いったん確立したビジネスモデルは数十年にわたって大きく変わることはなかった。銀行や保険、自動車、メディア、通信サービスなど、幅広い業界の企業がビジネスモデルそのものを大きく変えることなく事業を継続させることができた。今後、同じようなスタイルが通用するとは考えにくい。