北朝鮮との 対話は米韓首脳を英雄に仕立て上げるの か、 それとも大きな間違いとなるの か。 BBCニュースの ローラ・ビッカー・ ソウル特派員が解説する。
ローラ・ビッカー 、 BBCニュース・ソウル特派員
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は外交の天才なのか、国家を破壊する共産主義者なのか。米国のドナルド・トランプ大統領は瀬戸際政策のやり手なのか、よりずる賢い政治ゲームの駒に過ぎないのか――。評価は誰と話しているかによって違ってくる。
だがこの物語のもう1人の役者、北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、まだ直接の声明が出ていないにも関わらず、朝鮮半島をめぐる実に稀有な政治的大勝負で、最も重要な役割を担っているかもしれない。
新年の声明で韓国に対する友好の「オリーブの枝」を差し出したこと や、2月の平昌冬季五輪に好意的な代表団を送ったことからも、金委員長が最も精巧なプロパガンダの技をマスターしたことは明らかだ。
過去1年間に米朝間を飛び交ったむき出しの敵意を思えば、 正恩氏がトランプ大統領に会談の意向を示し 、核実験凍結に取り組む意思表示をしたことこそ、外交上の改心の一撃と捉える向きもある。
しかし、正恩氏とトランプ大統領の双方がリスクを抱えている。どちらが会談を主導するかは決まっておらず、明確な出口戦略も見えていない。成功と失敗の定義も様々なものが考えられる。こうした状況では、実にたくさんのことが会談の成否にかかっている。
これは誰の ほほ笑み外交 なのか?
交渉を主導するのは韓国の文大統領だというのが、文氏の支持者の間の認識だ。少なくとも、文大統領は金委員長を核兵器廃棄の話し合いの席に着かせることに成功した。
正恩氏の新年の演説を好機と捉えたのは文大統領だ。北朝鮮が韓国との対話を望んでいるというわずかな兆候を両手でつかまえて、しかるべく反応した。
南北間のめまぐるしい外交交渉と訪問合戦は、成果につながった……ように見える。
延世大学校のジョン・デルリー氏は「一連の動きは北朝鮮のほほ笑み外交だと言われているが、実際は韓国のほほ笑み外交だと思う。これは間違いなく文大統領が望んでいたことだ」と分析する。
文大統領は平壌に特使団を送った際、金委員長から「非核化」という言葉を引き出さなくてはならないと承知していた。また、自政権のトップ閣僚2人と北朝鮮の指導者が懇意にしている様子が、米国と日本の両政府に好印象を与えないことも分かっていた。
だがリスクを取るだけの価値はあった。米国はこの会談がなければ、北朝鮮と話し合いの場を持つなど考えもしなかっただろう。そして文大統領の選んだ2人は、必要なものを手にして帰ってきた。
文大統領はまた誠実な仲介役であろうと努め、トランプ大統領と金委員長の双方を相手にしている。、注意深く言葉を選び、持っているカードを胸元に引き付けて見えないようにしつつ、スポットライトを好む人にはお世辞を言ってみせた。
新年の教書演説で文氏は、トランプ大統領が南北対話に「大きな役割を果たした」と称えた。そうすればトランプ大統領が喜ぶと承知の上で。さらに、事態の推移を懸念する共和党政権が安心できるような表現を選んだ。 米朝首脳会談についての韓国政府代表の声明 でも、トランプ大統領の働きを過剰なほどに称賛している。
文大統領は先に、北朝鮮への制裁は継続すると述べ、トランプ大統領もそのように認めている。
だが、北朝鮮問題はいつもこうではなかった。それは誰もが知っている。トランプ大統領は6カ月前、金委員長が米国に脅しをかけ続けるなら 「世界が見たこともない炎と激怒で対抗する」と警告 していた。世宗学堂の白鶴淳(パク・ハクスン)教授は、脅威レベルは「全く前例のないもの」だったと話す。
「文大統領は核による戦争の脅威を非常に懸念していた。これは金正恩も同じだ。また、リンジー・グレアム米上院議員(共和党、サウスカロライナ州選出)に匹敵する人物から、このままでは人命に関わることになるだろうと聞いていた。ドナルド・トランプの非伝統的で不安定なリーダーシップを受けて、朝鮮半島の両首脳は軍事行動の可能性を考えざるを得なかった」
米国は常に、北朝鮮の恒久的な非核化が最終目的だと主張してきた。米朝首脳会談が決まった現時点でも、金委員長がこれに同意すると考えている人は少ない。もし両者が合意に至らなかった場合、米国には他の選択肢があるのだろうか。
過去にも世界を欺いてきた北朝鮮に、文在寅氏は、そしてドナルド・トランプ氏は操られているのだろうか。
米タフツ大学フレッチャー法律外交大学院の李晟允(イ・サンヨン)教授は「米国の鼻の先に<朝鮮半島の非核化>と<核・ミサイル実験の凍結>をぶら下げることで、金氏は制裁を緩和させ、米国の軍事行動に先手を打つとともに、北朝鮮を正当な核保有国家として世界に認めさせようとしている」と指摘する。
トランプ大統領にとって米朝首脳会談は、米国大統領による最も大胆かつ歴史的な外交成果となるかもしれない。
このギャンブルが成功すれば、彼は北朝鮮問題を解決した大統領を自認できるようになる。有権者に「沢山の勝利」を約束したにも関わらず、トランプ政権はこれまでのところ、あまり成功を収めてこなかった。
トランプ氏は自らの進める「最大圧力」戦略と、中国を味方につけ北朝鮮を経済的に圧迫する政策が功を奏していると考えている。同大統領はホワイトハウスの会見場で記者たちに対し、金氏から会談の提案を受けた功績を評価してほしいと話したという。支持者たちは確実にそうするだろう。
だが金委員長と会談すれば、それによって相手を対等な存在として扱ってしまうというリスクを伴う。 PR的な大惨事となる可能性もある。会談の日取りはほんの数カ月後だ。トランプ大統領が少し前に「小さなロケットマン」と揶揄(やゆ)した指導者と共に、外交上の目的を達成するには短い時間しか残されていない。
釜山大学のロバート・E・ケリー教授は ツイッター で、「トランプは研究もしなければ読むこともしない。彼は文脈から大きく飛躍しがちだ。5月ではつまり、スタッフが必要な準備をする時間が全くない」と述べた。
北朝鮮はこのゲームを何十年も続けてきた。トランプ大統領は新参者だ。大勝利の可能性が見えているかもしれないが、その著書「トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ(原題 Art of the Deal )」は、金正恩氏との交渉のガイドブックにはならない。
政治 と は個人的なもの
文大統領にとって、これは歴史に関することであると同時に、個人的な問題でもある。2007年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領が金正日朝鮮労働党中央委員会総書記(現在の委員長に当たる)と会談した際、文氏は盧大統領の秘書室長だった。南北両首脳が直接会談したのはこれが最後で、会合は平壌による衛星打ち上げで幕を閉じた。
それ以降、45億ドルの支援が北朝鮮に送られた。これが兵器開発を助長したと批判する向きもある。
朝鮮半島未来フォーラムのキム・ドヨン氏は、文大統領は前回の失敗を踏まえ、自らが始めた仕事を終わらせようとしていると分析する。
「彼は、前任の2人が使ったものと同じ手法を使おうとしている。それこそが彼が拾い上げ、続けようとしているものだ」
文大統領は北朝鮮からの亡命者の息子という経歴を持ち、南北の摩擦が起こす影響に敏感だ。大統領の両親は1950年に朝鮮戦争が勃発した際、国連の援助船に乗って北朝鮮を離れた。文氏は大統領選中のインタビューで「父は共産主義を嫌って北朝鮮から逃げ出した。私自身も北朝鮮の共産主義体制が大嫌いだが、北朝鮮の人々が圧政で苦しむのを座視していいことにはならない」と話している。
文大統領は、この後も複数の障害が立ちはだかっていると認めているし、周囲が期待しすぎないよう立ち回っている。失敗のきっかけはいくらでもあるのだ。
キム・ドヨン氏は、今回の交渉の末に全当事者が失敗し、北朝鮮は核兵器を持ち続けることになる可能性は十分にあると話す。
「ともかく、先行きは不透明です。見込みがないとは決して言えない。疑惑と不信がまん延する中、全ての関係国は澄んだ目を保ちつつ、厳しく交渉に臨むべきです」
文大統領は冬季五輪で北朝鮮の女性ホッケーチームと面会し、韓国人に犠牲を出した攻撃の首謀者とされる北朝鮮将校と面会したせいで、国内の支持率が下がっていた。しか最近では、それも回復している。
米朝首脳会談が失敗すれば文氏は政治的に傷つくだろうが、彼にとって大事なのは、政治的な点数稼ぎではない。文氏は大統領選中、米誌タイムに「母は(本人の家族の中で)1人だけ、韓国に逃げたてきた。その母は90歳だ。彼女の妹はまだ北朝鮮で生きている。母の最期の願いは妹との再会だ」と語っている。
一連の会談は、内情が読みにくい国との大博打(ばくち)だ。
しかしもしも、文大統領がその成功に貢献すれば、核戦争の脅威は遠ざかる。文氏はノーベル平和賞を受賞するかもしれない。
失敗した場合は、これまでの瀬戸際政策に戻るのみだ。
(英語記事 The political gamble of the 21st Century )