政権内での 対ロシア政策を巡る見解の 不一致と、 米議会からの トランプ政権の 対ロシア政策への 反発はどこへ向かうの か――。
トランプ政権が始動してから4週間目を迎えている。だが、政権運営は安定するどころか、むしろ引き続き混乱状態の中にある。中東・アフリカ地域の7カ国からの入国を一時禁止する大統領令の即時停止を命じた仮処分決定について、2月9日、連邦控訴裁判所はトランプ政権の不服申し立てを退ける決定を下した。
トランプ大統領は米国をテロリストから守るとの公約に基づいて大統領令に署名したが、米国内外でトランプ大統領に対する反発が強まるとともに、司法とも対立して不服申し立てが退けられたことは、トランプ政権にとり大きな打撃である。
また、ジョージ・H. W.ブッシュ政権からオバマ政権に至る4つの歴代政権と比較しても、トランプ政権の閣僚候補の指名承認プロセスは大幅に遅れている。
15名の閣僚ポストのうち、2月13日時点で米議会上院による指名を正式に承認されたのは、ジェイムズ・マティス国防長官、ジョン・ケリー国土安全保障長官、レックス・ティラーソン国務長官、エレーン・チャオ運輸長官、ベッツィ・デヴォス教育長官、ジェフ・セッションズ司法長官、トム・プライス保健福祉長官、スティーブ・ムニューチン財務長官、デビッド・シュルキン復員軍人長官のわずか9名である。ムニューチン財務長官は2月13日にやっと正式に指名が承認されたが、主要閣僚であるウィルバー・ロス次期商務長官でさえ、いまだに指名承認プロセスが終わっていない。
そのため、2月10日に行われた日米首脳会談と合わせて行われるはずであった麻生太郎財務相との日米財相会談は、ムニューチン氏が正式に承認されていなかったために先送りとなった。また、世耕弘成経産相も安倍総理の訪米に同行する計画であったが、カウンターパートであるロス氏が正式に承認されていないために同行を取り止めている。
始動したばかりの新政権に対して、国民やメディアは穏やかに見守ろうとするのが従来までの慣例であった。だが、トランプ政権の場合にはそうはなっておらず、トランプ・ホワイトハウスとメディアとの関係は敵対的となっており、また、有権者のトランプ大統領に対する見方も、政権始動直後から厳しさを増している。
大手世論調査会社ギャラップ社が全米の有権者約1500人を対象に行った世論調査では、トランプ大統領の支持率が政権始動以降最低水準の40%となる一方、不支持は55%にも達していることが2月11日に明らかになった。今年1月20日に政権を始動させた直後の支持率は45%と、歴代政権の始動時と比較しても大幅に低い水準にあったが、選挙キャンペーンでの公約をそのまま実現しようとする一連の大統領令に署名し、物議を醸す中で、支持率の低下傾向に歯止めがかからない状態となっている。
こうした中、トランプ政権内のみならず共和党との間の不協和音も明らかになる展開が最近あった。それは、対ロシア政策を巡る議論である。
2月5日、保守系メディア『フォックス・ニュース』の著名司会者ビル・オライリー氏のインタビューにトランプ大統領が応じたが、プーチン大統領について「殺人者(killer)」との見解を示したオライリー氏に対し、「世界には多くの殺人者がおり、米国内でも多くの殺人者がいるが、米国は無実と思うのか」と、まるでプーチン氏を擁護するような発言を行った。
プーチン氏はこれまで、ロシア国内の野党指導者や反体制派、自らに批判的なジャーナリストらの殺害を命令してきたと批判され続けている。トランプ大統領はそうしたイメージのあるプーチン氏との関係改善を目指しているが、フォックス・ニュースとのインタビューでは、プーチン氏を公然と支持する発言を行ったのである。また、米ロ関係の改善を図ることで、両国が「イスラム国(IS)」掃討で協力すべきとの認識も示している。
こうしたトランプ大統領の見解に対しては、与党・共和党の有力者の間からも一斉に反発が出ている。上院共和党を率いるミッチ・マコネル院内総務(ケンタッキー州選出)は、「米国はロシアのように国家が運営されてはおらず、米国はロシアとは違う」と、トランプ発言を明確に否定している。
また、トランプ大統領とともに共和党の候補指名獲得を争ったマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)は、「民主党の政治活動家が共和党に毒を盛られたり、あるいは、反対に共和党の政治活動家が民主党に毒を盛られたりしたことがいつあったか。我々はプーチンとは一緒ではない」とトランプ発言を批判した。
さらに、政権内からも、トランプ大統領のロシア観とは相容れない見解が相次いで表明されている。
トランプ大統領は、国連大使にサウスカロライナ州知事を務めていたインド系女性のニッキー・ヘイリー氏を指名した。ヘイリー国連大使は、2月2日に初めて出席した国連安全保障理事会の会合で、ウクライナ東部において最近再び活発化しているウクライナ政府軍と親ロシア派勢力との軍事衝突について重大な懸念を示すとともに、ロシアに対してウクライナ領であったクリミアの占領を直ちに止めるよう求めた。
また、閣僚で最初に米議会上院により指名承認を済ませたマティス国防長官は、上院軍事委員会での指名承認公聴会で、第2次世界大戦後の国際秩序にとっての脅威として、テロ組織、南シナ海での中国の台頭とともにロシアを挙げた。また、マティス氏は指名承認公聴会で、プーチン大統領については、「北大西洋条約機構(NATA)の破壊を企てようとしている」とまで証言していた。
さらに、トランプ政権に激震が走ったのが2月13日(米時間)明らかになったマイケル・フリン国家安全保障問題担当大統領補佐官の辞任である。大統領選挙キャンペーン中からトランプ氏の対ロシア政策に多大な影響力を及ぼしていたのが、元国防情報局(DIA)局長のフリン氏であった。だが、フリン氏に重大な疑惑が降りかかっており、ホワイトハウスにおけるフリン氏の立場が急速に弱体化していった。
オバマ前政権は、ロシア政府がサイバー攻撃により2016年大統領選挙に介入していたとして、離任直前の2016年12月29日、ロシア外交官35名の米国外への退去を柱とする報復制裁措置を発動した。まさにその同日、フリン氏がセルゲイ・キスリャク駐ロシア大使と接触し、制裁を巡り協議した電話の交信記録の存在が、諜報当局により明らかになり、米連邦捜査局(FBI)の捜査対象となっていた。まだフリン氏は政権入りする直前であったため、一民間人の立場で外交政策に関与することを禁止する法律に抵触していた可能性が浮上していたのである。
マイク・ペンス副大統領は、ロシア政府高官と制裁を巡る議論はしていないとのフリン氏の説明に基づいてメディアに対してフリン氏を擁護していたが、フリン氏と駐米ロシア大使との交信記録の存在が明らかになったことは、フリン氏が偽りの説明をしていたことを意味する。結局、フリン氏は辞任に追い込まれた。
もしトランプ大統領が選挙キャンペーン中から訴え続けてきた米ロの関係改善に舵を切るため、大統領令の署名によって現在発動中の対ロシア経済制裁措置の解除や撤廃に向けて動いた場合、対ロシア強硬派の共和党議員をはじめ米議会では、トランプ政権に対峙する動きが顕在化すると予想される。
政権内での対ロシア政策を巡る見解の不一致と、米議会からのトランプ政権の対ロシア政策への反発はどこへ向かうのか――。今後の展開を注視しなければならない。(足立 正彦)
足立正彦
住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。
(2017年2月14日 フォーサイト より転載)