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(8の1)他の囚人「人身売買された」

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内戦下の シリアで拘束され、 10月に3年4カ月ぶりに解放されたジャーナリストの 安田純平さん(44)の 会見詳報の 続きは以下の 通り。 【統合デジタル取材センター】 拘束した組織は人身売買関与?
内戦下のシリアで拘束され、10月に3年4カ月ぶりに解放されたジャーナリストの安田純平さん(44)の会見詳報の続きは以下の通り。【統合デジタル取材センター】
安田さん このころですね、「周囲にいる囚人と話をしたいな」と思ってしまっていて、「話してはいけない」と言われてはいたんですけど、横の部屋にパキスタン人がおり、上の部屋にシリア人の親子がいました。
で、彼らの話している様子を聞いていると、シリア人の親子も人質だったようです。その親子のブローカーが来て、英語で話を始めたんですね。「近所に住み始めたバングラデシュ人が求婚をしてきたので、それを断ったら、仲間を連れて襲撃されて、一家丸ごとさらわれた。それは1年以上前だ。半年前に妹が出て行った」という話で、「人身売買されてここに来たんだ」と知りました。
(拘束している)彼ら自身がさらってきたというよりは、そうした人身売買のマーケットがあって、彼らも関与しているのかなと。売っているかは分かりませんが、買ってきて人質に取り、身代金を取る組織なんだということがうかがえました。
◆それから、周りの囚人は会話の中で「あと何カ月いるんだ?」という話もしていました。例えば、「敵対するアサド政権の兵士であれば日数は決まっている」という話をしていて、(その話をしていたのは)イスラム法廷で裁かれた受刑者ではないかと思います。
短い人なら1週間、1カ月で出て行ったりするのですが、毎週1回、イスラムの矯正プログラムを受け、大きな声で(イスラム教の聖典の)「クルアーン」を読み上げていましたので、これはイスラム法廷から受刑者を受け入れて、対価を得て稼ぐ、受刑者引き受けのビジネスをしているという印象を私は受けています。
◆その後、私は部屋を何カ所か移されていますけど、周りの囚人も変わりました。人質ではなく、外国人の義勇兵がたくさん捕まっているようで、エジプト人、ヨルダン人、パキスタン人、アフガニスタン人というようなことをお互いにぺらぺらしゃべっていました。彼らは自分がヌスラ(戦線)であると言ったり、アハールシャムであると言ったり、イスラム国であると会話したりしていました。
そういった会話を聞いて、ヌスラの囚人がいるんだと思ったのですが、そのあたりはどういうことなのか分からなかったです。これについては今でも彼らがどうして捕まっているのか分からないのですが、彼らも「あと何日で解放だ」という状態で、食事を持って来る看守とも冗談を言っていて、深刻な立場にある囚人という印象ではなかったです。
それから「アサド政権の兵士だ」という人も捕まっているようで、彼らを「兵士」だと呼んでいるのも聞こえました。彼らはたびたび拷問を受けていて、棒のようなもので殴られている音も聞こえました。
それからハシッシ(大麻)の売人が捕まっているのも聞こえまして、彼ら自身が治安維持をしていて、そうした人々を捕まえて、何カ月か監禁するようなことをやっているようだというのが周りの声を聞いてうかがえたことでした。
◆周りの囚人と私がしゃべっているのが彼らにばれてしまって、周りの囚人に「この辺りはジャバル・ザウィーヤというらしい」と言ったのもばれてしまって、11月29日、私が(解放の)めどにしていた日も過ぎてしまいました。
その1週間後ぐらいですかね。フロアに囚人が連れて来られて、見せしめのようなひどい拷問が始まりました。だから、ジャバル・ザウィーヤというのは彼らには知られたくない情報だったのではないかなと、私は思っています。
私と話した人物だけが残されて、他の囚人はいなくなりました。「これ以上、その話をしないように」ということなんですね。この地名というのは信ぴょう性も高いのではないかと思っています。
◆シリアの地図を見ますと、ジャバル・ザウィーヤというのはイドリブの県都であるイドリブ市のさらに南にある、「ジャバル」というのはアラビア語で山なんですが、山岳地帯のようです。
そういう場所に移されまして、途中から、彼らの事務所のすぐ横にある部屋に移されました。そこ(事務所)は囚人の尋問をしている部屋で、囚人がいないので周りとも話せないような環境に移されました。
そこで尋問をしている様子を聞いていたのですが、ヌスラの捕虜に対する尋問をしている様子が聞こえました。シリア軍の兵士や、ハシッシ(大麻)とか、尋問している声も聞こえました。
事務所のすぐ横で、そうした声はよく聞こえるんですけど、彼らの尋問しているすぐ横にトイレがあって、トイレに入るとその音もよく聞こえます。その部屋に私を入れたので、聞こえていることはあまり気にしていないのかなと思います。
足音を忍ばせて、トイレに入って済ませると、疑われてしまうかもと思い、水の音などをさせていたのですが、彼らは盗み聞き、私がスパイ行為をしているというような解釈をし始めたようです。
そこで、彼らが尋問している最中にトイレに行くと、尋問しているのとは別の人物を連れてきて拷問していました。私の部屋のすぐ外で激しく殴ってうめき声を聞かせるような見せしめを始めました。彼らは何をしてはいけないか言葉で言いませんが、そういうことやってくるので、こちらが察しないといけない。
◆3月の半ばごろには英語のクルアーンや本などを持ってきました。「2日後に話をしよう」と言われまして、2日後にイスラム教に詳しい人物と通訳が来たので、目隠しをされずにそこで彼らと談話をしました。
イスラムに対して、イスラム国のようなものがなぜ生まれるのかという会話をしていたんですけど、そのヌスラの囚人の尋問をした資料の束がありました。部屋の中の棚は引き出しがいくつもあるのですが、そのすべての引き出しにロゴが貼ってあって、ヌスラが看板を変えて「タハレルシャム」という看板をつけていたのですけど、そのロゴがいくつも貼ってありました。
「組織名を言わないと言っていたので、こんなにわざと見えるようにしていて、これはどういうつもりなのかな」と思ったのですが、このころの報道では(私を)ヌスラが捕まえているというのが確定事項として報じられていたので「ひょっとしたら、彼らはヌスラのふりをしているのかな」というのが私の印象でした。
◆面談の少し前に施設のリーダーという人物と話をしました。英語のできる人物で「東京から来たのか?」と何度も聞かれて、「東京だ」と。周りに囚人がいないので答えたのですけど、周りと話してはいけない理由というのが、報道されているように「『日本人の人質がこの施設にいる』というのがばれてしまうと、周囲に話すかもしれない」ということなので、周囲に対して「日本人である」とか言ってはいけないと私は理解していました。
それに対して、彼らはあえて「東京から来たのか?」と聞いたり、「アーユージャパニーズ」というのを20回ぐらい連発して聞いてきたりして、日本人と私が答えたら、言ってはいけないことを言ったということで拷問が始まる。妙なゲームのようなことをやっていました。
◆彼らのリーダーから「改宗を強要しない」と言われました。ここに来る前の民家でも「強要はしない」と言われていたのですが、イスラム教に関する面談の中で「戦い」について話をすることがあり、敵対する相手に対して、異教徒に対しては改宗を求め、改宗しないなら人頭税を求め、どちらも拒否するなら殺害するという順序があるということを言われました。
「日本人もそうなのか?」と聞いたら、「すべての異教徒が対象である」と言い始めました。監禁されているし、人頭税も無理なので「改宗は強制ではないか」と言いました。それで彼らは気分を害したようでした。
彼らは「今まで強制するようなことを言ったか」というようなことを言ってきて、言い争いではないけど、少し雰囲気が悪くなったんですね。そうすると、翌日にまた拷問が始まりました。
他のアフガニスタン人の囚人を連れてきて、「お前はシーア派だろ?」と聞いて、「スンニ派」と答えると、「じゃ、いいや」とまた戻して、また別の囚人を呼んで礼拝をさせてみて、「ムスリムじゃないだろ」と言って拷問を始めました。「スンニの礼拝をやってみろ」と言われて、やってみたら戻したり……。
「これは要するに(改宗を)強制しないと言っているのに強制するようなものではないか」と私が言ったので、「そんな組織ではないのに、それが理解できないのか」と、そういう意味での拷問だったのかなと思います。そういうふうに彼らは直接は何も言わず、メッセージを送ってくるというやり方をするんですね。
◆それで私の側としては、彼らの「周りとはしゃべらない」「彼らが事務所で話しているときにはトイレには行かない」とかの要求に応えれば解放されるのではないかと思って、努力を始めました。
でも、それがだんだんエスカレートしてきまして、彼らが食事を配り始めた時にたまたまトイレに行ったら「食事を始める音を盗み聞きしてトイレに行った」というよく分からない理屈で、また見せしめの拷問が私の部屋のドアの前で始まりました。それがどんどんひどくなって、私が身動きする音がするだけでも拷問が始まったりしました。先ほどの事務所に近い場所から部屋をいくつか移されたのですが、最終的に移されたのは幅1メートル、長さ2メートルくらいの部屋でした。
その両側(の部屋)に彼ら自身がいて、その両側から私の部屋で聞こえる音をずーっと全力で聞いていて、私が物音を立てたら電気を消したり、扇風機を消したりしました。夏なんで扇風機を消したら、サウナのような状況でした。
食事も持ってくるけど、缶詰を持ってきても(中身を)入れてこなかったり、ヨーグルトも5ミリも入ってなかったり、鳥肉を持ってきても骨だけ大量に持ってきたりという嫌がらせをし始めました。
◆途中から水浴びをするとそういうことをし始めて、「水浴びが禁止らしい」というのは私もわかり始めました。「何でこういうことを始めたんだろう」と思ったのですが、どんどんそれはエスカレートしていきました。
たとえば指の関節が鳴るパキッという音でもダメでした。彼らが何か話し声をさせたり、物音を立てたりした後に私が物音を立てると、「盗み聞きしたので身動きした」という理屈のようです。何か音を立てると、先ほど言ったような拷問を始めました。電気を消されたり、扇風機を消されて非常に暑くなったり……。
私は鼻炎なんですけど、扇風機で風が入ってくると呼吸もしやすかったんですけど、扇風機が止まると鼻が詰まってしまって、そうすると「ふざけて鼻息をさせている」という解釈をされて電気をちかちかされたりしました。
あとは、トイレの蛇口から水を流すと「キーン」というものすごく高音の音が響くのですが、その音を何分間も頭が痛くなるくらいの嫌がらせのような音を立てられました。「何をやってはいけないのか」というのを解釈していくと、一日中、身動きが全然できないじゃないかと。彼らはずっと部屋の外をうろうろしていて、囚人がしゃべっているときに身動きしてもダメだということも分かりました。
身動きできるのは彼らが食事を持ってきたときで、それは私の意思ではなく、彼らが持ってくるものなので、そのタイミングなら動ける。そのときにトイレは済ませ、食事を済ませ、関節も全部バキバキと鳴らして音が鳴らないようにしてから寝転がるようにしていました。
◆なぜ、そういうことを彼らが始めたのかなと思うと、彼らは日本側から金を取れると思っていたのにミスをしたと思っていたんじゃないかと。あとは彼らの解釈によるスパイ行為をやっているという扱いで、そうした(私への)虐待のようなものを始めたのかなと思います。
一方で、これは私の感触ですけど、彼らが仕掛けてくるゲームのようなものというのはそのものにはほとんど意味がないです。「何か音がした後で、私が1分以内に動いたらだめだ」というようにほとんど意味はないです。「それがすべてできれば帰す」ということだと思ったのですが、要求にすべて応えるのははっきり言って不可能だなと。
例えば体の向きを変えるだけでも彼らは音を聞いていて、まくらの上で頭の向きを変えるだけでも彼らはその音を聞いている。鼻息も聞いているし、私も一生懸命に鼻をかんで鼻を通そうとするけど、鼻炎なんで通らない。
そういうことを続けると、だんだん耳がおかしくなる。水やつばを飲んだりすると(耳のあたりを指して)パキパキと音が鳴っているという状況になりまして、その音も「ふざけてやっている」と思われるようになってしまいました。それ以降はつばも飲めなくなりました。
彼らが物音を立てているときに、その1分以内に動かなければ大丈夫という感触だったので、そのすきを見てコップにつばを吐いて元の態勢に戻るというようなことを始めました。しかし、そうしてつばを吐くのもだめだとなって、聞こえないようにつばを吐いても、コップのカタッという音が鳴ってしまうと、壁をゴンゴンとされて、「分かってるぞ」というサインを送ってきました。私自身が聞こえないような音まで聞いていて、1メートルの幅の部屋の両側で24時間、ずっと私の音を聞いている非常に不気味な状態になりました。

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