メキシコ国境沿いに壁を建設するという途方もない公約が、現実のものになるのだろうか。 トランプ米大統領が、国境管理と不法移民の摘発強化に向けた大統領令に署名した。 メキシコ側との事前の相談はない。壁の建設は米国内の中南米系住民との亀裂も生じさせる。 就任演説では「結束」を呼びかけたが、この問題は新政権の排他主義的な性格をあらわにした。分断を拡大する危険性も持つ。 超大国の指導者として、いたずらに他国との軋轢(あつれき)を強める点でも愚策である。再考を求めたい。 トランプ氏は壁によって、不法移民がもたらす犯罪を減らし、奪われた雇用を取り戻すという。不法移民問題が多くの弊害を伴っているのは事実だ。 米国に流入した不法移民は約1100万人にのぼるとされる。すでに国境の多くの場所には、フェンスや鉄製の柵がある。不法移民はそれらを乗り越え、地下をくぐり米国に入る。 この不正常な問題の解決に取り組もうとするのは妥当だ。だが、100億ドルを超える巨費で壁を造る方法で、どれほどの効果があがるだろうか。巨大な壁で威圧してその数が減ったとしても、根本的な解決にはなるまい。 むしろ、国境の壁の建設開始には、公約を断固として実行する象徴的な意味合いが強かろう。主張の目玉でもあったが、あまりにも大衆迎合主義的なしろものだ。 すでに、中南米系住民らが建設に反対している。新政権の排他主義的傾向に不安を感じているマイノリティー(人種的少数派)は中南米系に限らない。 トランプ氏は、シリアなど中東・アフリカ7カ国の国民に対する入国ビザの発行や、すべての難民の受け入れを一時的に停止する大統領令も用意しているという。 トランプ氏は選挙戦で、テロ再発防止のため、イスラム教徒の入国を禁止すると訴えて物議を醸した。テロ対策強化への取り組みは重要だとしても、特定の宗教、人種の狙い撃ちに、新たな大統領令はつながらないか。 懸念されるのは、トランプ氏の言動が、すでに欧州で広がっている難民、移民に対する排斥の動きを加速することである。内向き志向や反欧州連合(EU)の機運が高まり、混乱が拡大する事態は避けなければならない。