著書「帝国の慰安婦」で元慰安婦の名誉を傷つけたとして在宅起訴された韓国の朴裕河(パクユハ)・世宗(セジョン)大教授(59)に対し、ソウル東部地裁は25日、無罪判決を言い渡した。問題になった表現は、告訴した元慰安婦を特定していないと判断。執筆の動機も日韓の和解のためで、元慰安婦の名誉を傷つける意図はなかったとした。 「帝国の慰安婦」は2013年8月に韓国で出版された。慰安婦の実態や、旧日本軍や業者の関与などを説明。支援団体や日韓両政府による取り組みを検証し、解決策を模索した。 元慰安婦11人の告訴を受け、検察は15年11月、「自発的に行った売春婦」「朝鮮人慰安婦と日本軍の関係が基本的には同志的な関係」などとした35カ所が名誉毀損(きそん)に当たるとして起訴した。旧日本軍の関与を認めた1993年の河野官房長官談話などをもとに慰安婦は「性奴隷」だとして、朴氏の表現は虚偽の事実だと主張。昨年12月に懲役3年を求刑していた。 韓国刑法は、公然と虚偽の事実を示して人の名誉を毀損した場合に罰すると定めている。判決は35カ所のうち30カ所は朴氏が主観的に意見を表明したにすぎず、「具体的な事実を示したとは言えない」として、検察の主張を退けた。5カ所は「事実を示した」と認めたものの、うち3カ所は名誉を毀損する内容ではないと認定した。 残る2カ所については「朝鮮人慰安婦の中には自発的な意思によって慰安婦になった人がいる」との事実を示したと指摘した。そのうえで、韓国で自らの意思で慰安婦になったことが知られれば、社会的な評価を下げる恐れがあるとした。 ただ、この2カ所の表現は、朝鮮半島出身の慰安婦について書いた内容であり、告訴した元慰安婦個人を特定していないと判断した。執筆の動機も「韓日の和解」という公共の利益のためで、元慰安婦の社会的な評価を下げる目的はなかったとし、無罪判決を出した。 この事件をめぐっては、検察や裁判所が歴史的な事実を評価し、刑事罰を科すのは言論や学問の自由を脅かすという指摘が、日韓の有識者から出ていた。 今回の判決は、慰安婦がどういう存在だったのかといった歴史的な評価には踏み込まなかった。一方で判決は、朴氏が著書で示した見解には様々な批判があるものの、刑事裁判の手続きで判断するものではないとの考えを示した。そのうえで、朴氏の見解に関する評価は「学問や社会の場で行われるべきだ」とした。 朴氏は判決公判終了後、記者団に対し、「裁判官がとても合理的で、事態を正確に見た判決を出してくださり、本当に感謝する」と述べた。 韓国の崔軫淳(チェジンスン)・建国大言論広報大学院兼任教授は判決について「幅広い表現の自由を認めた」としながらも、「慰安婦被害者たちの痛みを優先する国民感情とはかけ離れている」とも指摘。今後も韓国社会で議論が続くとの見方を示した。 日本語版「帝国の慰安婦」は、朴氏が日本語で書き下ろし、朝日新聞出版から14年11月に刊行された。構成や表現は韓国語版と同一ではない。(ソウル= 東岡徹 )