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骨太ヤノフスキ 分厚く雄弁に応えたN響 東京春祭「神々の黄昏」

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【東京春祭「ワーグナー・ シリーズ」 「ニーベルングの 指環」 第3日 楽劇「神々の 黄昏」 (演奏会形式、 映像・ 日本語字幕付き)】 桜の 咲く時期の 上野を舞台に毎年開催される東京・ 春・ 音楽祭。 今年も3月16日から1カ月間にわたって大小さまざまな演奏会が行われたが、 その 注目は何といっても毎年、 ワーグナーの 歌劇・ 楽劇を1作ずつ演奏会形式で上演する「東京春祭ワーグナー…
【東京春祭「ワーグナー・シリーズ」「ニーベルングの指環」第3日 楽劇「神々の黄昏」(演奏会形式、映像・日本語字幕付き)】
桜の咲く時期の上野を舞台に毎年開催される東京・春・音楽祭。今年も3月16日から1カ月間にわたって大小さまざまな演奏会が行われたが、その注目は何といっても毎年、ワーグナーの歌劇・楽劇を1作ずつ演奏会形式で上演する「東京春祭ワーグナー・シリーズ」である。今年は2014年から続くマレク・ヤノフスキ指揮、NHK交響楽団による「ニーベルングの指環(リング)」ツィクルスの締めくくりとなる「神々の黄昏」とあってファンの期待が最高潮に達した中での公演となった。日本のワグネリアンの熱い視線が注がれた注目のステージを振り返る。取材したのは4月1日、初日の公演。(宮嶋 極)
公演の直前、残念なニュースが飛び込んできた。何とジークフリート役のロバート・ディーン・スミスとブリュンヒルデを演じることになっていたクリスティアーネ・リボールが体調不良のため降板するというのだ。代役はジークフリートがアーノルド・ベズイエン、ブリュンヒルデがレベッカ・ティーム。(4日の公演はリボールが出演)
スミスは来日し練習にも参加していたのだが、体調不良から音声障害を発症したため緊急帰国を余儀なくされたのだという。ジークフリートといえば、ワーグナー作品に登場するヘルデン・テノールの代表的な役どころである。大編成のオーケストラに負けない強い声と長丁場を歌いきるスタミナ、そして主役として当然要求される歌唱の表現力と演技力をすべて持ち合わせるほどの並外れた力量の持ち主でないと演じられない難役なのである。ヨーロッパから遠く離れた日本でその代役を探すのはかなり困難な作業であることは言うまでもない。
ベズイエンはバイロイト音楽祭などにも出演する実力派ではあるが、ヘルデン・テノールというよりは、「ラインの黄金」に登場するローゲなど強い声ではなく演技力が重視される役どころを得意とする歌手である。急な代役起用とあって終始、譜面を凝視しての歌唱となったが、誠実かつ一生懸命な歌いぶりに終演後、客席からは温かい喝采が沸き起こっていた。もし、彼が代役を引き受けなければ公演の開催が危ぶまれる事態に追い込まれていたであろうことを多くの聴衆が理解していたのであろう。
一方のティームは米国出身の中堅だが、ここ数年、ヨーロッパ各地の歌劇場でブリュンヒルデ役に挑戦し成功を収めているほか、バイロイトにも「ワルキューレ」のゲルヒルデ役でデビューを果たすなど、今、上り調子のソプラノである。表現に少し粗さを感じさせる箇所はあったものの、そこは急な代役ということで仕方ない面もあろう。何はともあれブリュンヒルデ役に不可欠な圧倒的な声量を駆使しての安定した歌唱が良かった。
歌手陣ではハーゲンを演じたアイン・アンガー、ヴァルトラウテ役のエリーザベト・クールマンが出色の出来栄え。役を深く掘り下げた多彩な表現は演奏会形式であることを忘れさせるほどの迫真度で、聴衆を大いに満足させるものであった。他の歌手も水準を十分に満たした歌唱を披露していた。
とはいえ、このシリーズの〝主役〟はやはりヤノフスキ指揮、NHK交響楽団であった。ヤノフスキがN響から引き出した音楽は、速めのテンポ設定を基本とし和声面を厳密にコントロールすることで複雑に交錯するライトモティーフのひとつひとつを明晰(めいせき)に浮かび上がらせていくかのようなスタイル。テンポを揺らしたり劇的で大げさな表情をつけたりする場面は皆無で、質実剛健、骨太の音楽作りである。これらはツィクルス4部作を通して終始一貫したスタイルであるが、ヤノフスキは昨年、ワーグナー作品上演の〝総本山〟とされるバイロイト音楽祭に初登場し、「リング」(フランク・カストロフ演出)の指揮を担当。連日、終演後に大喝采を浴びる成功を収めたこともあって、今年の東京春祭ではさらに自信を深めたことをうかがわせる指揮ぶりであった。
N響の演奏も素晴らしかった。厚みのある弦楽器のサウンド、木管楽器の雄弁な調べ、そしてホルンやトランペットの安定したソロ、さらに音色の変化に細心の注意を払ったティンパニの響きと、ワーグナーの音楽としては今、日本のオーケストラで望みうる最高水準といっても過言ではないほどの演奏を聴かせてくれた。今回もコンサートマスターを前ウィーン・フィル第1コンサートマスターのライナー・キュッヒルが務めたことも演奏水準の向上に大きな役割を果たしたことは想像に難くない。歌手の呼吸や歌い出しのタイミングに気を配りながら、オーケストラ全体をリードしていくキュッヒルの姿はウィーン国立歌劇場で長年積み重ねてきた豊富な経験があってこそのものであろう。(ウィーン・フィルはウィーン国立歌劇場管弦楽団の選抜メンバーで編成される自主運営のオーケストラ)
筆者の席はそのキュッヒルを間近に観察できる1階正面前方であったが、場面に応じてしなやかに変化していく彼の表現は、腕利きぞろいのN響メンバーが奏でる音の渦の中からでもはっきりと聴き取れるほど際立っていた。普段はコンサート専門のオーケストラとして活動しているN響を自らのヴァイオリンでオペラの世界へと巧みに誘っていくキュッヒルのコンマスとしての力量は特筆すべきものであった。
なお、キュッヒルは今回の共演を機に正式にN響のゲスト・コンサートマスターに就任。今後は定期公演などにも出演していくという。首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィのもと、好調を続ける現在のN響にキュッヒルがいかなる〝化学反応〟をもたらしてくれるのか、期待したい。
【東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.8:「ニーベルングの指環」第3夜 楽劇「神々の黄昏」(演奏会形式/日本語字幕・映像付)】
4月1日(土)15: 00 4日(火)15: 00 東京文化会館大ホール
指揮:マレク・ヤノフスキ
ジークフリート:アーノルド・ベズイエン
グンター:マルクス・アイヒェ
ハーゲン:アイン・アンガー
アルベリヒ:トマス・コニエチュニー
ブリュンヒルデ:レベッカ・ティーム(1日) 、クリスティアーネ・リボール(4日)
グートルーネ:レジーネ・ハングラー
ヴァルトラウテ:エリーザベト・クールマン
第1のノルン:金子美香
第2のノルン: 秋本悠希
第3のノルン:藤谷佳奈枝
ヴォークリンデ:小川里美
ヴェルグンデ:秋本悠希
フロースヒルデ:金子美香
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田尾下哲
合唱指揮:トーマス・ラング、宮松重紀
合唱:東京オペラシンガーズ
管弦楽:NHK交響楽団(ゲスト・コンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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