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悲願の初優勝…稀勢の里、亡き師匠にささげ

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NewsHub大相撲初場所で東大関・稀勢の里関(30)=本名・萩原寛、茨城県出身、田子ノ浦部屋=が21日、初優勝を果たした。中学卒業後に15歳で入門し、2002年春場所の初土俵から15年で悲願を果たした。入門当時の師匠で11年11月に急逝した先代鳴戸親方(元横綱・隆の里)にささげる優勝に、感無量の表情を浮かべた。
田子ノ浦部屋の稽古(けいこ)場には、弟子たちが日ごろ鍛錬する姿を見守るように先代鳴戸親方の遺影が飾られている。11年九州場所直前に死去。稀勢の里関は同場所で10勝5敗の成績を残して大関に昇進したが、それから5年以上経過した。昇進時には「しっかり稽古してみんなから尊敬される力士になりたい。やるからには、上を目指したい」と語ったが、ようやく頂点に上り詰めた。
中学ですでに身長180センチを超え、100キロ以上の体つき。先代鳴戸親方からは「将来、横綱、大関は間違いない」と大きな期待をかけられた。入門当時について、兄弟子だった西岩親方(元関脇・若の里)は「体が大きくて運動神経も良く、他の新弟子とは違うという印象があった」と振り返る。早朝から昼過ぎまで続くことも珍しくない猛稽古に耐えて力を蓄えた。西岩親方は「血も涙も流したことがあったと思うが、弱音を吐かず、厳しい稽古についてきた。あっという間に自分を追い越していった」と語る。
13年名古屋場所で初の綱取りに挑み、昨年も再三綱取りに挑みながら序盤戦で取りこぼすなど、ここ一番での重圧への弱さを見せてきたが、今場所は違った。「今日は今日。明日は明日。集中する」と繰り返し、一つずつ白星を積み重ねた。大関昇進時に「感謝の気持ちをいつも持っている」と語った亡き師匠の期待に応えた。【坂本太郎】

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